院長エッセイ集 気ままに、あるがままに 本文へジャンプ

  

偽薬効果


 偽薬とは、薬効成分が全く入っていない偽物の薬である。偽薬は薬品開発に役立つ。患者を本物の薬を処方する群と偽薬を使う群に分け、その効果の違いを客観的に判断するのである。痛みや主観的な機能の改善などにおいては、偽薬グループでも有効率は20%?30%に達することもある。これは単に気のせいというだけではない。痛みに関して言えば、「効くかも知れない」という期待や「これで治るに違いない」という思い込みが、交感神経の興奮を抑え、末梢血管を拡張し疼痛部位の血流を改善する。さらに痛みを緩和する物質の産生の増加や発痛物質の抑制などの疼痛緩和メカニズムが作動する。偽薬効果は患者の主観的な症状改善に留まらない。客観的な臨床検査や機能評価においても改善する場合も少なくない。精神活動が免疫力、自然治癒力に大きな影響を与えるとの報告もあり、偽薬の有効性は偽(にせ)ではなく本物である。医学的常識からすれば、効果が出るはずがないと思われる民間療法や健康補助食品が、ある一定の支持を得ているのは、この偽薬効果に他ならない。その偽薬効果を高めるために、ことさらに高額な価格設定をしたり、効果を吹聴する体験談を宣伝に使ったり、販売会社も抜かりがない。偽薬効果について、否定的な意見を述べていると思われるかも知れないが、そうではない。偽薬効果は副作用のない医者の妙薬でもある。「この薬は非常にいい薬だから」とか「この注射は画期的なものだ」と患者に威厳を持って、そして親身になって説明すると、その効果は2倍にも3倍にもなる。使わない手はない。自戒の意味を込めて、そして誤解を恐れずに言わせてもらうと、医者は病気に悩む患者のために、医学的効果と偽薬効果の境界を認知し、その相乗効果を引き出す最大限の努力をすべきである。そして患者は、巷に氾濫する根拠のない健康関連情報に惑わされることなく、しかし病院では医師の使う偽薬効果に、コロッと騙されて欲しいものである。





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